最近「賃上げしたら補助金の意味がない」というお声をいただくことが増えてきました。中小企業、特に小規模企業では、大企業ほど賃上げが進んでおらず、賃上げの十分な原資を確保できない企業も少なくないのが現実です。しかし、賃上げが難しいからこそ、補助金や助成金を活用して省力化・デジタル化・新事業に投資し、継続的に賃上げできる収益構造をつくる必要があります。つまり、補助金や助成金を「賃上げできる会社」をつくるために活用することが重要です。今回は賃上げと補助金・助成金をテーマに、賃上げできる会社の作り方を解説します。
「賃上げをしたら補助金の意味がない」という経営者の嘆き
最近、補助金のご相談を受けるなかで、「補助金をもらっても、賃上げをしたら意味がないのではないか」という声を聞くことが増えました。そのお嘆き、本当にごもっともです。
確かに、補助金は一度限りですが、賃上げによる人件費の増加は翌年以降も続きます。月額1万円の賃上げを10人に実施すれば、賞与や社会保険料を除いても、年間の人件費は120万円増えます。一度上げた給料を下げるのは難しく、長期にわたり負担になります。経営者が慎重になるのは当然です。
しかし、ここで発想を変える必要があるのではないでしょうか。
賃上げできないから補助金の利用を諦めるのは得策ではありません。賃上げが難しいからこそ、補助金や助成金を使って省力化や新規事業に取り組み、将来も賃上げを続けられる会社をつくることが重要です。
補助金を一時的な「もらえるお金」として考えると、賃上げは負担に見えます。一方、補助金を会社の収益構造を変えるための投資資金として捉えれば、賃上げはその投資によって目指すべき成果になります。
発想の転換:補助金を「賃上げできる体力」に使う
多くの補助金は、従業員の給与を直接支払うための原資には使えません。それでも、賃上げの実現が難しい中小企業が補助金を活用する意味は十分にあります。
例えば、省力化設備を導入して、同じ人数でも生産量や受注量を増やす。ITやAIを導入して、入力や集計などの定型業務、残業時間を減らす。新規事業や海外展開に取り組み、既存事業よりも粗利益の高い売上をつくる、といった方法です。
こうした投資を自己資金だけで行うのは、中小企業にとって大きな負担です。そこで補助金を使って投資時の自己負担を軽減し、その投資によって毎年の利益やキャッシュフローを増やします。増加した利益が、継続的な賃上げの原資になります。
ここで重要なのは、「いくら補助金をもらえるか」ではありません。「どのように会社の未来を変えていくか」です。
賃上げによって年間の人件費がいくら増えるのか、設備やITの導入によって作業時間、受注量、売上、粗利益がどれだけ改善するのかを比較し、補助事業終了後も賃上げを継続できる計画をつくる必要があります。ここは中小企業ほど、慎重に取り組む必要があります。
賃上げは一部の業界だけの動きではありません
賃上げは、特定の業界や大企業だけの話ではありません。正社員に限らず、パート・アルバイトを含め、業種や地域を問わない流れになりつつあります。
東京商工リサーチの026年度「賃上げに関するアンケート」調査では、賃上げ実施率は製造業90.0%、運輸業89.6%、卸売業88.8%など、調査対象の全10産業で賃上げが確認されています。
また、2025年度の地域別最低賃金は全国加重平均で1,121円となり、前年から66円、率にして6.3%上昇しました。初めて全47都道府県で1,000円を超えています。沖縄でも2025年度の最低賃金は1,023円となり、前年から71円、7.5%上昇しています。
人手不足感も強く、多くの業種で人手不足感が強まっていることから、経営者にとって、優秀な社員をつなぎ止め、会社を守るためには、賃上げはもはや必要不可欠となってきています。
仮に、賃上げを見送ったとしても、多くの企業で、いずれは賃上げを迫られる場面が到来すると考えられます。その時に賃上げを実施できるだけの企業体力をつけておくことが必要になります。
小規模企業ほど「賃上げできる体力」が不足している厳しい現実
実際、中小企業でも賃上げは広がっていますが、企業規模による差は小さくありません。
厚生労働省の「令和7年賃金引上げ等の実態に関する調査」では、1人平均賃金を引き上げた、または引き上げる企業は91.5%、平均改定率は4.4%でした。ただし、この調査は常用労働者100人以上の企業を対象としています。
一方、日本商工会議所ならびに東京商工会議所が2026年に実施した、「中小企業の賃上げ・賃金改定に関する調査」では、賃上げを実施済み、または実施予定の企業は全体で71.3%でしたが、従業員20人以下の小規模企業では59.9%にとどまります。小規模企業の31.2%は、賃上げを「現時点では未定」と回答しています。
賃上げ率も全体の4.01%に対し、20人以下の小規模企業では3.38%でした。企業規模が小さくなるほど、実施率・賃上げ率ともに低くなっています。
さらに、小規模企業が実施・予定する賃上げの66.3%は、業績の改善を背景としたものではなく、物価上昇や人材確保に対応するための「防衛的賃上げ」でした。
賃上げを見送る理由では、「売上の低迷」が55.0%、「資金面での余力に乏しい」が44.2%、「原材料費等のコスト負担増」が40.3%となっています。
つまり、多くの中小企業は賃上げの必要性を理解していないのではありません。賃上げを継続できる収益構造をつくれていないのです。だからこそ、補助金や助成金を利用して生産性と収益力を先に高める必要があります。
補助金の賃上げ要件は「投資の成果」を求めています
近年の主要な補助金では、賃上げが申請要件や加点項目、補助率・補助上限額の引上げ条件として組み込まれています。
例えば、デジタル化・AI導入補助金2026の通常枠では、補助申請額が150万円以上の場合、原則として、1人当たり給与支給総額を年平均3.0%以上増加させ、事業場内最低賃金を地域別最低賃金プラス30円以上とする3年間の事業計画が必須です。(申請額や過去の交付実績、業種によって要件は異なります。)
中小企業省力化投資補助金の一般型では、労働生産性を年平均4.0%以上向上させることに加え、1人当たり給与支給総額を年平均3.5%以上増加させ、事業場内最低賃金を地域別最低賃金プラス30円以上にすることが基本要件になっています。(申請額や過去の交付実績、業種によって要件は異なります。)
国民の貴重な税金を原資とした、これらの制度が求めているのは、単なる一企業の設備購入ではありません。求められていることは、省力化設備やITを導入することで企業の生産性や付加価値を高め、その成果を賃上げとして従業員にも還元することです。
もちろん、事業計画と関係なく無理な賃上げを約束すべきではありません。賃上げ要件を達成できなければ、補助金の返還や、今後の補助金審査への影響が生じる制度もあり、事業計画の策定には慎重を期すべきです。
補助金と助成金を組み合わせ、負担を減らす方法もあります
賃上げと設備投資の負担を軽減するために、賃上げが要件となる複数の制度を組み合わせる方法もあります。
代表的なものが、厚生労働省の業務改善助成金です。事業場内最低賃金を一定額以上引き上げるとともに、生産性向上につながる設備投資等を行った場合、その費用の一部が助成されます。
例えば、デジタル化・AI導入補助金で販売管理や会計などのシステムを導入し、業務改善助成金で工作機械や自動調理器等の省力化設備を導入する、といった組み合わせが考えられます。雇用形態や賃金制度を見直す場合は、キャリアアップ助成金なども検討対象になります。
ただし、同じ設備や同じ経費を複数の制度に重複して申請することはできません。補助目的や賃上げ対象が重なる場合には、併給調整の対象になることもあります。
また、交付決定前に設備を発注したり、申請前に賃上げを実施したりすると、対象外になる制度もあります。制度を組み合わせる場合は、対象経費だけでなく、申請と実施の順番も含めて計画する必要があります。
いずれは迫られる賃上げ、切羽詰まってからでは間に合いません
どの企業も、いずれは賃上げを迫られる場面が到来します。しかし、人材が辞め始めてから、あるいは募集をしても採用できなくなってから、急いで賃上げ原資をつくることは困難です。医療や介護など、人がサービス品質と直結する業種では、優秀な人材の喪失は経営の継続に重大な影響を及ぼしかねません。
補助金についても、申請すればすぐに設備を導入できるわけではありません。事業計画の作成、公募申請、審査、採択、交付決定、設備導入を経て、実際に効果が表れるまでには時間がかかります。
「賃上げをしたら補助金の意味がなくなる」のではありません。いずれ必要になる賃上げを持続可能なものにするため、補助金や助成金を使って、早いうちから生産性と収益力を高めておく。そのように発想を変える必要があります。
賃上げが難しい中小企業ほど、支援制度を積極的に活用し、「賃上げできる会社」への準備を始めるべきではないでしょうか。
